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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)32号 決定

抗告人

大和モーゲージ株式会社

右代表者代表取締役

高山武巳

右代理人弁護士

網本浩幸

井上圭吾

待場豊

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨とその理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙執行抗告の理由書記載のとおりである。

二当裁判所の判断

当裁判所も本件不動産競売の申立は不適法として却下すべきものと判断するものであつて、その理由は次に付加するほか、原決定記載のとおりである(ただし、原決定一枚目一七行目の「少なくとも」及び一八行目の「(抵当証券」から二枚目五、六行目の「解される。)」までを削除し、二枚目一七行目の「他の」を「債務者以外の」と改める。)からこれを引用する。

(抗告理由について)

1  抗告人は、抵当証券が発行された場合における抵当権の被担保債権の弁済期の登記は抵当不動産の第三取得者に対する関係では対抗要件でない旨主張するので判断する。

抵当証券発行の定めのある場合において元本又は利息の弁済期を定めるときはこれを登記の記載事項としており(不動産登記法一一七条一項、五一条二項)、抵当証券の発行のあつた場合においては抵当権の変更は不動産登記法の定めるところに従いその登記をなし、且つ抵当証券の記載を変更しなければこれをもつて第三者に対抗することができないものとしている(抵当証券法一六条)ことからすると、抵当権に関する元本又は利息の弁済期の定めの登記の記載は第三者に対する対抗要件であることが明らかである。そして抵当証券発行後の抵当不動産の第三取得者はその抵当権の登記に利害を有するものであるからその登記の元本又は利息の弁済期の定めの記載をもつて抵当証券の所持人に対抗し得るものといわなければならない。このことは、すべての抵当権につき弁済期の定めが登記事項とされていた昭和三九年法律第一八号による改正前の不動産登記法一一七条一項においてはもとより抵当証券発行の定めのある場合に限り弁済期の定めが登記事項とされその他の場合にはこれを不要とした右改正後の同法一一七条一項においても異ならない。抗告人は右改正後においては改正前と異なり抵当証券発行の定めのある場合の弁済期の定めの登記は対抗要件ではない旨主張するが、そのように解すべき根拠はない。

したがつて、抗告人の右の点に関する主張は失当である。

2  次に、抗告人は、本件においては債務者との関係では弁済期が到来しているのであるから、仮に弁済期の到来を第三取得者に対抗できないとしても、第三取得者から執行異議等によつてその主張がなされた場合にはじめて判断すべきものであり、本件不動産の競売申立を不適法とすべきものではない旨主張するが、債務者との関係で弁済期が到来しているとしても、先に説示したとおり、抗告人が本件不動産の競売申立に際して提出した資料によつて第三取得者に対してその弁済期の到来を対抗し得ない(第三取得者が登記の記載により弁済期の未到来を対抗し得る)ことが明らかであるから、このような場合にはその申立は実体要件を欠くものとして却下するのが相当である。

よつて、原決定は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)

〔執行抗告の理由〕

一、抗告人は、昭和六〇年一二月一七日、大阪地方裁判所に不動産競売の申立をなし、同裁判所昭和六〇年(ケ)第二二九四号として受理された。

二、大阪地方裁判所第一四民事部は、昭和六一年一月一〇日前記申立に対して、「本件不動産競売の申立は、その実体要件の欠缺が認められる」として、却下の決定をした。

しかし、次の理由により、原審の判断は法令の解釈を誤ったものであり、原決定は法令に違反するものである。

三(1) 本件不動産競売の申立は、抵当証券の発行されている抵当権に基づくものであり、その抵当証券および登記簿に記載された被担保債権の弁済期は、昭和六二年九月一七日以後となつている。

しかし、不動産競売申立書記載の通り、債務者は昭和六〇年八月二六日会社整理手続の開始の申立を行つたことにより、債権者・債務者間の昭和五九年九月二〇日付(抵当証券発行特約付)金銭消費貸借抵当権設定契約第一八条の期限利益喪失事由に該当し、被担保債権につき期限の利益を喪失している。

(2) 原決定は、上記の事実を前提としながらも、登記簿上の被担保債権の弁済期の記載は第三者に対する対抗要件であると解し、期限利益喪失約款が登記簿に記載されず、抵当証券にも記載されていない本件においては、被担保債権の弁済期の到来を所有者である第三取得者に対抗することができないと解しているようである。

しかしながら、原決定のこの理由は、不動産登記法第一一七条、民法第一七七条、抵当証券法第四〇条(民法第四七二条)、手形法第一七条の解釈を誤つたものである。

(3) 現行の不動産登記法第一一七条一項は、昭和三九年法律第一八号(不動産登記法の一部を改正する法律)により改正されたものである。

改正前においては、すべての抵当権につき弁済期の定めが登記事項とされていたが、改正により、抵当権の登記につき原則として弁済期の定めが登記事項から除外された。ただし、改正後も、抵当証券の発行の定めある場合に限り、元本または利息の弁済期の定めが登記事項とされている。

(4) 改正により、弁済期の定めの登記が廃止されたのは、弁済期の定めの登記の必要性ないし実益がないと判断されたからである。つまり、立法者は、弁済期の定めの登記に対抗要件としての意義も公示としての意義も認めなかつたのである。

(5) 従つて、改正後は、債権者は弁済期の定めの登記なくして被担保債権の弁済期の到来を抵当不動産の第三取得者や後順位抵当権者等の第三者に対抗できることとなり、債務者との関係で弁済期が到来すれば、第三者との関係を考慮することなく、抵当権を実行でき、また弁済期到来後の遅延利息を配当として受けることができることとなつた。いいかえれば、上記第三者は、債権者と債務者との間において実体的に弁済期が到来すれば、抵当権の実行や遅延利息の起算日につき、異議をのべる利益を失つたのである。

(6) ところが、抵当証券の発行の定めある抵当権については、改正後も元本または利息の弁済期が登記事項として残されている。

しかし、この弁済期の登記を改正前の弁済期の登記と同一視することはできない。なぜなら、抵当証券についてのみ、第三取得者や後順位抵当権者等の第三者に対する対抗要件として、弁済期の登記を存続させる必要性が全くないからである。

改正法が、抵当証券の場合に限り、弁済期の定めを登記事項として残したのは、抵当証券が抵当権と被担保債権を表象して第三者間を転々流通するため、抵当証券譲受人をして元本または利息の弁済期を知らしめ、もつて抵当証券取引の便宜をはかろうとしたために他ならない。抵当証券所持人は、元本の弁済期後1か月以内に債務者に支払請求し(抵当証券法第二七条)、また三か月以内に競売申立をしなければならない(抵当証券法第三〇条)とされている関係上、被担保債権の弁済期を登記簿に記載するとともに抵当証券に記載して、これを抵当証券の譲受人に知らしめる必要性があつたのである。従つて、抵当証券にあつては、弁済期の定めが登記事項として残されているとはいえ、それは第三者に対する対抗要件とするためではなく、抵当証券の譲受人を保護しその流通を促進するためである。

例えば、抵当証券法においては、譲受人を保護し抵当証券の流通を促進するため、第三取得者の利益を犠牲として滌除の制度を排除(抵当証券法第二四条)している。登記事項に弁済期の定めを残したのも、抵当証券の譲受人を保護するためであつて、第三取得者を保護するためではないというべきである。

(7) 原決定は、「抵当証券の発行されている抵当権は、当該抵当証券のみにより、被担保債権と共に処分され、転々流通することが予定されているものであり、その内容をなす被担保債権の弁済期は、遅延損害金の起算時となるほか、償還請求のための支払請求義務や競売申立義務の履行期間の基準時ともなるものであるから、これについての登記簿上の記載が対抗要件となることは否定できない」としている。

しかしながら、抵当証券の譲受人との関係で、被担保債権の弁済期が遅延利息金の起算時等の基準となるのは、民法第一七七条に定める登記の対抗要件によるものではなく、民法第四七二条ないし手形法第一七条(抵当証券法第四〇条にて準用)に基づくものである。例えば、抵当証券発行後、債権者・債務者間で弁済期を延期した場合、抵当証券の記載を変更しないかぎり、債務者は抵当証券の譲受人に弁済期の未到来を主張できないが、これは抵当権の変更登記をしなかつたからではなく、被担保債権についての抗弁を民法第四七二条ないし手形法第一七条によつて善意の譲受人に主張できないからである。このことは、抵当権付指名債権につき、債務者が債権者に対して有している抗弁を、抵当権の変更登記なくして、債権譲受人に対抗できることから考えて明らかである。

(8) ところで、抵当権については、改正前は、弁済期の定めが登記事項とされていたものの期限の利益喪失約款に関しては、「登記原因として記載する債権契約または設定契約の第何条に規定する事由の生じたときは期限の利益を失う」との抽象的かつ簡略な登記記載が認められ、また法定の期限利益喪失事由の場合には登記する必要すらないと解されていた。

現在の登記実務においても、抵当証券の発行されている抵当権については、期限の利益喪失約款の登記を認める取扱いもされているようではあるが、この場合前記のような抽象的簡略記載が認められている模様であつて、この取扱は昭和三九年の改正前の普通抵当権についての取扱を単純に踏襲したものにすぎないと考えられる。しかし、そもそも抵当証券の発行されている抵当権に、上記のような抽象的な期限の利益喪失約款の登記を認め、この旨抵当証券に記載せしめることは、流通証券たる抵当証券の一覧性を著しく害するものであつて、そのような登記を認める取扱には多大の疑問がある。むしろ、期限の利益喪失約款は、抵当証券の一覧性から考えて、登記できない事項と解すべきである。

仮に、期限利益喪失約款の登記が認められるとしても、前記の如き抽象的な登記では、第三者は登記簿の調査により弁済期の到来の有無を知ることは不可能であつて、このような弁済期の定めの登記をもつて対抗要件とする実益は全くない。

(9) なお、本件において、後順位根抵当権者が何等弁済期を第三者から対抗されることなく競売申立をできることはいうまでもない。そして、本件の後順位抵当権者が競売申立し、物件が売却された場合、もし抵当証券の被担保債権の弁済期の到来を第三取得者に対抗できないとすれば、配当は留保されざるをえないものと思われる。しかし、それでは利息損害金が増大し、抵当物件の負担を大きくさせるのみであつて、第三取得者には何ら益するところはない。この点からも、弁済期の登記は、上記の通り対抗要件でないと解されるべきである。

(10) 以上のように、原決定は、対抗要件に関する解釈を誤つたものであり、不動産登記法第一一七条、民法第一七七条、抵当証券法第四〇条によつて準用される民法第四七二条、手形法第一七条に違反するものである。

四(1) 原決定は、「申立に際して提出された資料から、その弁済期未到来が認定される場合には、執行異議等をまつことなく、その申立を実体要件を欠くものとして却下すべきものと解すべきであり、この理は、上記のごとく弁済期の到来を他の執行当事者に対抗し得ないと認められる場合にあつても変わりない」としている。

しかし、競売申立にあたつて弁済期の到来を債権者が主張立証する必要はなく、すべて弁済期の未到来を主張する者が執行異議等の手続によつて争うべきものであるとするのが、民事執行法の考え方である。このことは、弁済期の未到来が提出資料から認定される場合も同様であると解される。

(2) また、仮に、弁済期の未到来が提出資料から明らかな場合には競売申立を却下すべきであると考えたとしても、本件をこれと同一視することは不当である。本件は、債務者との関係では弁済期が到来しているからである。仮に原決定のように、弁済期の到来を第三者に対抗できないと解したとしても、対抗要件は、第三者が主張してはじめて判断されるべきものであり、申立段階で判断すべき事項ではない。

(3) この点において、原決定は民事執行法第一八一条、民事執行規則一七〇条の解釈を誤つている。

五、以上の通り、本件競売申立を却下した原決定には、法令の解釈を誤つた違法があり、執行抗告に及んだ次第である。

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